退屈しのぎの面白くない話
谷口魚晴
台風の被災者の皆様に衷心よりお見舞いを申し上げます。
今年は台風の襲来が多く、船宿ではその都度船を退避させたようだ。船長が徐行しながら城ヶ島大橋をくぐり油壷に船を廻し、女将さんが車で先回りして待つ。船を戻す時はその逆コースだろうなどと勝手に想像したりする。いくら船を動かしても売上にならないから気の毒この上ない・・・・荒天の窓の外を見ながらこんなことを考えているのだから退屈で仕方がない。台風が来ると釣り人は、陸に上がった河童同然でやることがない。パに行くと痛い目に会うのがオチ。仕方がないから徒然の原稿を書いて無理やり釣りに行った気分に浸ることにする。
子供の頃は毎日が新鮮な発見の連続だった。カブト虫や蝉捕り、ザリガニ釣りなどに胸をときめかしたものだ。人生も50ウン年経験すると、こうした「胸がときめく経験」などめったにあるものじゃぁない。ましてや「生まれて初めて」などということは皆無である。しかし、釣りに行くと時々それがある。
(1)魚釣りに釣り針は要らない?の巻
マルイカ釣りに行った時のこと。ガクンガクンと強い引き。んっ、これは??? 上げてみると案の定、鯖君がかかってきた。ヤリイカ釣りでは珍しくもないが、マルイカ釣りではあまりないこと。ところで、どうしてイカの仕掛けは鯖の尻尾にグルグル巻きになるのか。あれをやられると仕掛けはグチャグチャ、時間は浪費させられるで散々な思いをする。鯖君、お願いだからイカ釣り仕掛けの「尻尾グルグル巻き」だけはやめてください。話を戻す。仕掛けを船に引き上げてビックリ。何と一番下の60号錘(おもり)が鯖君の口から半分出ているているではないか。引き抜いてお帰り願った。
(2)マンボウとの出会いの巻
クロムツ釣りに行った時のこと。船長の指差す彼方、お祭りの時に登場する大きな団扇(うちわ)のような鰭(ひれ)が波間に見え隠れしている。「マンボウだ、マンボウだ」の声。私は、マンボウといえば北杜夫のドクトルマンボウしか知らない。直ぐに「仕掛け上げ」の合図が出て、捕り物帖が始まった。乗船客のうち腕に覚えのあるSさんが、備え付けの銛(モリ)を構える。三又に分かれた矢じりが棒の先についている。矢じりには長いロープが結わえてあり、打ち込んだ後はロープを手繰るという寸法だ。船がゆっくり近づき、銛が放たれた。見事に命中。しかし、分厚い皮に跳ね返されてしまった。再度、銛をセットして打ち込むも結果は同じだった。マンボウは潜ってしまい二度と姿を現わさなかった。彼は今も太平洋のどこかを悠然と漂っているに違いない。
(3)拾った竿に付いていたタイの所有権の巻
タイ釣りに行った時のこと。左ミヨシの青年が巻き上げようとした竿を誤って海中に落としてしまった。タモですくう間もなく波間に消えてしまった。周りの人は気の毒そうに青年を見た。しばらくして、反対側のミヨシの釣り人が仕掛けを上げると落とした竿が引っかかって上がってきた。拾得物は無事に持ち主に返された。青年が戻った竿を巻き上げると、なんとタイがかかっているではないか。青年は何事もなかったようにタイを自分のクーラーに仕舞込んでしまった。周りの人はタイの所有権を巡って思考が高速回転した。「一旦は全て手元から逸失したもの、竿とリールが返っただけで充分ではないか。タイはお礼に???」結局、船長も周りの人も何も言わなかった。不思議な沈黙だった。
それにしても台風が来ると退屈至極である。